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名古屋地方裁判所 昭和35年(行)29号 判決

原告

西尾晋一

外二名

代理人

大矢和徳

被告

愛知県

右代表者

桑原幹根

代理人

加藤義則

外一三名

主文

一、原告らの請求を棄却する

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一原告らは、昭和二四年八月三一日当時被告の職員であり、原告西尾は、名古屋港事務所に、原告権田は額田地方事務所に原告松井は、経済部工業品課にそれぞれ勤務していたこと、原告西尾は助手、同権田は技術吏員であつたこと、被告は同日原告らに対し本件条例附則第三項により過員を理由に本件処分をなしたこと、以上の事実は当事者間に争がなく、〈証拠〉によれば、原告松井は事務吏員であつたことが認められる。

二つぎに、原告らは本件処分につき愛知県地方労働委員会に対し、その取消を求める不当労働行為救済申立をなし、昭和二五年三月三一日右申立を認容する初審の救済命令を受けたが、これに対する再審査申立事件において、中央労働委員会は、同年八月三〇日「初審命令を取り消し、原告らの申立を棄却する」旨の命令をなしたこと、原告らはそのころ右命令書の交付を受けながら、その取消を求める行政訴訟を提起せず、そのため右命令は確定するに至つたことも、当事者間に争がない。

被告は、右命令の確定を理由に、原告らは本件処分の効力を争う権利を喪失している旨主張するけれども、右命令の確定により原告らが、労働委員会に対し、不当労働行為を理由に本件処分の取消を、求め得なくなつたことは明らかである。しかし、不当労働行為救済申立事件につき労働委員会のなす命令は、労働関係上の労働者の地位の存否を確認し、もしくはこれを形成するものではないから、前記棄却命令は本訴に対し、何らの法的効果を及ぼすものではない。

従つて、被告の右主張は失当であつて採用できない。

三よつて、進んで被告の信義則違反の主張についてその当否を判断する。

本訴は、原告らが、中央労働委員会から棄却命令を受けた日である昭和二五年八月三〇日から満一〇年を経過した後である昭和三五年一二月三日提起されたことは本件記録上明らかである。

そして〈証拠〉によれば、原告らは右一〇年という長期に亘り本件処分の効力を争う法律上又は事実上の手段(復職要求等)を全くとらなかつたことが認められる。

また〈証拠〉によれば原告松井、同西尾は昭和二四年一〇月末、同権田は昭和二五年六月末までに、いずれも本件処分に伴う所定の解職予告手当及び退職手当を異議を止めず受領していること、原告西尾の勤務先である名古屋港事務所は昭和二六年以降特別地方公共団体として設立された名古屋港管理組合に吸収されて被告の組織から離脱しており、原告権田の勤務先である額田地方事務所も昭和三一年に西三河地方事務所に統合され、原告松井の勤務先である経済部工業品課は、経済部が廃止されるに伴い、商工部工業品課に組織上変更されていること以上の事実が認められ他に右認定を左右すべき証拠は存しない。

このように原告らは、本件処分後退職手当等を異議なく受領したうえ、前記中央労働委員会の棄却命令を受けてから後一〇年間という長期に亘り本件処分を争う法律上事実上の手段を全くとらなかつたのであるから被告において、原告らが労働関係の消滅を争わないものと確信し、その前提のもとに前記のような機構上の変動のみならず人事面の変動を形成し活動をつづけてきたことは容易に推認することができる。

原告らは、本訴提起が遅れたのは「(一)本件処分は占領軍の指示によりなされたので、情勢の変化をまつ必要があつた。(二)労働者大衆の支援共斗態勢が整うのをまつ必要があつた。(三)原告らに経済的余力がなかつた。」以上三点を骨子としてその事情を縷々述べているけれども、仮りに原告らの内心の意図が、有効適切な訴訟提起の時節の到来をまつて、本件処分の効力を争うつもりであつたとしても、その内心の意図は、前示各証拠によれば、退職金受領の際にもその後本訴提起に至る間のいかなる時期においても、被告に対する関係では何ら表示されていなかつたことは明らかである。

従つて、被告としては、先に説示したとおり、原告らとの雇用関係は、一切終了したものと多年に亘り確信し、新らたな組織規模の下に新らしい事実関係並びに法律関係を形成していつたことは当然のことと言えよう。

右のように一切の事実関係及び法律関係が形成され、一〇年という長年月が経過した後において、突如として本件処分の無効を主張するが如きは、たとえ、本件処分に原告ら主張のような瑕疵が存したとしても、それは労働関係上の権利の行使として恣意的にすぎるとのそしりを免れず信義誠実の原則に反するものというべきであるから、原告らは、本訴において本件処分の無効を主張することは許されないと解するのが相当である。

四よつて、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(松本武 角田清 鶴巻克恕)

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